膜を中心とした水の循環

なぜ膜なのか?

直線型の水利用と円形の水利用

今、私達が普段使っている水はどこから来たものだろうか?普段使っている水のおおもとは、雨によって天からさずかった雨である。山に雨が降ると、大気中に蒸発した分を除いて、地中にしみこんで地下水になったり、地表を流れて川に流れ込んだりしながら、海や湖などの下流に向かって少しずつ移動していく。
我々は、この下流に向かって移動する水を自然の川から少し拝借し、水の3大機能である「運ぶ」、「溶かす」「冷やす」を利用して、最終的に再び川や海に返しているのである。人間の数が増えて、都市が拡大した際には、自然から拝借する水の量も当然のことながら増える。地域によっては、自然の川が枯渇する所もある。そうなったら、今までその川で生活していた昆虫や魚などは、水の量が足りなくなり、生きて行けなくなる。人間活動が環境へ与える負荷を低減するためには、やはり、自然環境から拝借する水の量を抑制しないといけないのである。
戦後、日本では自然から水を拝借する際には、上流にダムを建設し、山に降った雨を溜めることで、雨の降り方に関わらず安定して水源を確保するように努めてきた。ダムから浄水場まで導水して、浄水された水は各家庭に配水される。現在では、水道普及率は99%を越えている。各家庭で使用した水は、排水として下水道や浄化槽に流され、最終的に処理されて川や海に放流されることになる。このシステムは、ダムから海まで一本の線で描くことが出来ることから、『直線型の水利用』と呼ぶ。
上で述べたように、ダムに水を溜めすぎると、自然環境から水を搾取しすぎることになり、自然環境への負荷が増大することになる。都市の拡大と自然環境の保全を同時に達成するために、近年では、都市で使用した水を高度に浄化して、再度、都市で利用する都市内での水循環が提案されている。既に、シンガポールやロサンゼルスではこのような下水の高度処理や再利用が実施されており、都市における水不足を解消する切り札として注目されている。このように、下水を再利用して再度都市で利用するシステムは、水が都市で円形に循環していることから、『円形の水利用』と呼ぶ。

膜ろ過法の特徴と普及

膜とは、非常に小さな孔がたくさん空いたシートである。どのくらい小さな孔かというと、髪の毛の断面が60µmなので、その100分の1くらいの孔が空いている。当然、目では見えないので、電子顕微鏡を使って膜の孔を観察することになる。この孔に水を通過させることで、孔よりも大きなものと小さなものを完全に除去することが可能となる。ちょうど、ザルと同じような原理で、水中の大小の物質を正確に分離出来るのである。
膜が登場するまでは、水中の病原性細菌の分離には砂を使っていた。実は、砂の隙間は100µm程度の間隔が空いているので、細菌類はこの隙間を易々とすり抜けてしまう。しかし、砂の表面は小さな粒子をくっつけることが出来るので、砂表面に細菌をくっつけることで水から細菌を除去しているのである。きちんと、砂の状態を管理し、細菌をくっつきやすくする薬品を十分な量入れていれば、ほとんどすべての細菌を取る事が出来るのだが、少しでも条件が整わないと、砂から細菌が漏れ出る危険がある。砂は、安いけど、きちんと使うには、結構テクニックが必要なのである。
膜は上で説明したように、ろ過さえすれば確実に安全な水をつくることが出来るので、砂ろ過よりも管理が楽で、誰でも安全な水を作ることが出来る。また、膜は小さなスペースにたくさんの膜を並べることで、砂ろ過よりも大幅に設置に必要な敷地を低減出来るのも特徴としてあげられる。特に、都市部のビルなど、とても敷地が限られた場所でろ過をする必要がある場合には、非常に優れた技術となる。現在の浄水場や下水処理場も、砂ろ過から膜ろ過に変えることで、敷地面積を大幅に減少することが可能となる。都市部に浄水場がある場合には、膜ろ過に変更することによって生まれた土地を公園緑地にしたり、運動公園を作ったり、街の再開発にも貢献できる。
このように、様々な優れた特徴を有する膜ろ過は、これまで少しずつではあるが、地下水を水源とする浄水場などを中心として普及が進んできた。また、1996年に埼玉県越生市で発生した塩素が聞かない虫である「クリプトスポリジウム」への対応もあり、河川や湖沼を水源とする浄水場などでも徐々に、導入が進められてきた。2017年現在では、国内の浄水場のうち約2%が、膜ろ過によって浄化されている。

膜を使った水循環

『直線型』の水利用では、大量の水を浄水場まで運んできて、沈殿や砂ろ過などの技術によりまとめて浄化する技術が導入されてきた。これらの技術は、上に述べたように、広大な設置面積が必要な他、安全な水を生産するためには習熟した技術が不可欠となる。
一方で、『円形の水利用』は、水の循環を都市の中で回すことになるため、排水が発生するその場、もしくは再利用水を利用するその場で、水を浄化する技術が必要とされる。具体的に必要とされる技術の要件を以下に述べる。

  • 再利用出来るくらい高度に浄化できること
  • 限られた面積で水を浄化できること 
  • メンテナンスが簡単で、誰でも確実に安全な水を作れること

以上の要件を満たす技術として、今、膜が注目されているのである。言い換えれば、『円形の水利用』は、膜技術がなければ達成しえないのである。

膜ろ過の課題

さて、膜のいいところは十分に理解していただいたと思うが、問題点もある。それは、膜の孔が目詰まりを起こすことで、著しく水の透過性能が低下する『膜ファウリング』である。膜を使い続けると、膜の孔の上に不純物が堆積したり、膜の孔よりも小さなものが膜の孔の中にくっついて、流路を塞いでしまうことがある。流路が塞がれると、水が通れなくなるので、水をろ過する機能が失われてしまうのである。膜ファウリングが発生すると、水を無理矢理に通すために、大きな圧力をかけて、水を押し込む必要が出来てくる。また、膜に詰まった不純物を洗い流すために、ろ過とは逆側から水を流したり、膜の表面を揺らしたりしながら、膜を定期的に洗浄する作業も必要となる。この洗浄で取れない汚れは、塩酸や水酸化ナトリウムや次亜塩素酸などの薬品で膜を洗うことで、膜に詰まった汚れを完全に取り除く作業が必要となる。特に、薬品による洗浄は、洗浄した後の排液の処分や、洗浄によって膜自体が傷つく恐れがあることから、できる限り避けたいのが実情である。とにかく、膜が目詰まりすることで、お金と人手と手間がかかってしまう、という課題が未だに解決されずに残っているのである。
この膜ファウリングへの対応が厄介かつよく分からないため、なかなか膜の普及が進んでいない。逆に言うと、膜ファウリングが完全に制御出来るようになると、様々な利点を持っている膜は必ず普及するはずである。我々の研究室では、膜ファウリングを解決する技術を開発し、次世代の『円形の水利用』社会へと変革すべく、以下に示す研究を実施している。 

膜ろ過装置の自動制御

膜ファウリングセンサー技術とセンサー情報を生かした自動制御

膜ファウリングの制御は、膜ファウリング特性に応じたファウリング予防・解消対策が必要であり、そのためには膜ファウリング物質の即時的かつ多面的な質的情報が不可欠となる。しかし、非破壊かつオンサイトで膜ファウリング物質の特性を連続的に観察できる理想的な方法はこれまでに開発されていない。本研究ではこれまでに、固体表面に励起光を照射した際に検出される蛍光特性から、膜表面に蓄積した有機物特性を調べる「固体3次元励起スペクトル分析」(SPF-EEM)を新たに開発し、膜ファウリング物質の検出への有効性を確認している。現在では、SPF-EEMを連続ろ過運連中に適用することで、ろ過を停止することなく膜ファウリング物質検出するIn-situ観察手法の開発に成功している。


凝集剤の開発

膜ファウリング物質を除去する「膜専用の」凝集剤の開発

浄水処理では、固液分離プロセスが病原性細菌の除去にとって極めて重要となる。従来は、砂ろ過による固液分離が主流であった一方で、近年ではより高度に固液分離が出来る膜ろ過法が次世代の浄水プロセスとして注目されている。
通常、河川表流水を膜で浄水する際には、膜の前段にアルミニウムなどの無機金属を投入することで、水中に溶解した金属を凝集する操作を導入することが多い。ただし、凝集操作は、凝集剤の注入量や、凝集時の水のpHなど、様々な因子が関与しており、凝集因子の適切な選択が浄水プロセスの最適化にとって、極めて困難な課題となっている。
膜ろ過を用いる場合の課題として、膜が目詰まりし、透水性能が著しく低下する膜ファウリングと呼ばれる現象が課題となっている。よって、凝集プロセスでは、膜ファウリングを最も抑制する条件を選定することが効率的な運転を実施する上での鍵となる。しかしながら、これまでにたくさんの研究者が、どの凝集条件が最も膜ファウリングを抑制する上で有効か、膨大な繰り返しの実験により検討してきたが、どの実験も試行錯誤的な検討に留まり、未だに、統一された制御理論は存在しないのが現状である。
そこで、本研究では、膜ろ過に適した凝集条件を理論的に決定することを目的として、以下のような研究を実施した。

  1. 膜ファウリングを短期的に蓄積する汚れと長期的に蓄積する汚れの2種類に分類することで、より本質的に膜を閉塞する成分を検討することに成功した。具体的には、目詰まりを、水理学的な洗浄により解消される可逆的ファウリングと、化学的な洗浄でなければ解消できない不可逆的ファウリングに分類し、より運転の効率低下を招く不可逆的ファウリングに着目して、膜目詰まりのメカニズムを詳細に検討しようとした。その結果、膜の細孔よりも少しだけ小さな粒子が細孔をブロックしてしまう現象が、不可逆的に膜を閉塞するのではないか、という仮説を提唱するに至った。
  2. 膜よりも少しだけ小さな粒子を、新たにメソ粒子と命名し、20ナノメートルから0.5マイクロメートルの範囲に存在するすべてのコロイド状粒子、と定義した。
  3. 水中に希薄に存在するメソ粒子の個数と荷電を測定する手法を、新たに顕微鏡付き電気泳動装置に紫色レーザーを装着することで開発し、ここで開発した分析手法の有効性と精度を、取得した大量のデータを統計解析することで実証した。
  4. 実験室規模の膜ろ過装置により、膜が閉塞しやすい凝集条件を明らかにした。膜ファウリングの程度とメソ粒子の個数および荷電との関係を整理した結果、メソ粒子の荷電が0になる付近において、最も膜の閉塞が抑制出来ることを明らかにした。さらに、ここで発見した現象の普遍性を確認するために、5種類以上の水と4種類以上の膜を使用して追試したが、すべてにおいて、メソ粒子の荷電が0付近になる条件にて、最も膜の閉塞が抑制されることが分かった。
  5. メソ粒子の荷電を0に出来る凝集剤を探索した。メソ粒子の荷電は、通常の凝集剤では、pHを下げる以外、難しいことがこれまでの実験でわかっている。世界中から凝集剤を収集し、実験室規模で凝集試験を実施した結果、ACHと呼ばれるアメリカの凝集剤を使うことで、pHに依存せず、メソ粒子の荷電を0付近にすることが出来ることをはじめて明らかにした。この研究は、今後、膜ろ過に適した凝集剤を新たに開発する上で、極めて重要な発見となると考えている。
最後に、本研究は、これまで50年以上前から構築されてきた凝集理論に、メソ粒子の凝集特性という新しい知見を付加するものであり、コロイド科学界に大きく貢献するものであると考えている。また、凝集と膜ろ過を組み合わせた処理において、凝集による膜ファウリングの制御理論を確立した点において、工学的にも優れた研究である。